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第55回

治験の段階の薬。

この場合の治験段階の薬とは正式に採用されておらず、まだ臨床例を集めている段階の薬剤を指す。

この薬剤を使用しての著効例は僅か三割。

残り七割は効果が得られなかった、との事。

しかも開発されたばかりで、投与後、何年も経過した例が無い事から、極めて実験的な要素、つまり「それをやらなければ、確実に死ぬ」という緊急の場合のみしか投与が許されていなかった。

そして問題が、その価格。

保険適用外の薬剤なので1クールの使用で1千万単位の費用が掛かる。

更に問題だったのが、臓器欠損及び、20代の人間に投与した例は、まだ日本では確認されていなかったのである。

相手側の保険会社は「効くか効かないか分からない治療に1千万なんてトンデモない!」と費用を出し渋る。

それがTOKIの心に火を点けた。

「もう、それをやらなければ自分は確実に死ぬでしょう。要はさっさと死ねって事ですね?」
「いや、そうは言ってませんよ!」
「じゃあ、他に方法があるってのかよ!」
「とにかく時間を下さい。稟議に上げてみますから」

どうにもならない費用の問題が壁となる中、時間が経てば経つほど確実に蝕まれていく身体。

TOKIは精神不安になり、個室に隔離された。

時計の秒針が耳障りになり、時計を破壊。

更には顔に吹き出物が出来たらカミソリで周辺の皮膚ごと抉り取ったり、絶叫を繰り返し、出血するまで皮膚を掻き毟ったりした。

そんなTOKIを見舞いに来る友人も、あまりに長期入院だった為、今ではほとんど来なくなってしまっていた事が、人間不信にも拍車を掛けてしまっていた。

そんな切羽詰まった精神状態の中、更に追い討ちをかける事態が起こった。
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