------第1回
「嘘は、もう嫌なんです」TOKIは言う。
自身が所属するバンド「C4」の楽曲に綴られる歌詞についてTOKIは揺るぎの無い拘りを見せる。
幼少時から正義感が強く、転入生がいたりすると率先して友達になった。
元来の世話好きであり、愉快な面も併せ持つ、快活な男の子だった。
ワンパク振りも凄く、停めてあった車のボンネットをトランポリンに見立てて凹ませたり、当時、流行していた「仮面ライダー」を真似て高さ3mくらいの所から飛び降りて怪我をしたりして、常に母親を冷や冷やさせたりする面があった。
そんなTOKIの実家での家族構成は父方の祖母、両親、一つ違いの兄、弟、妹と、昭和の時代には多く見られたが、少子化が進む現代ではあまり見られなくなった大家族で、けして裕福では無かったけれど、常に賑やかで暖かい家庭環境の中で幼少時代を過ごしていた。
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------第2回
両親が共働きだった為、弟と妹の面倒はTOKIが良く見ていた。
こんなエピソードがある。
ある日、弟が「お腹が空いたよ。お兄ちゃん」とTOKIに訴える。
TOKIは弟に何か食べさせてやろうと冷蔵庫、台所をくまなく漁った。
しかし買い置きしてあるものは調理が必要なものばかりで、いわゆるお菓子の類は見つからなかった。
時が経つほどに膨らんでくる弟の不満。
それは次第に大きな泣き声となってTOKIを責め立てた。
泣き叫ぶ弟の姿を見て
「う〜ん。しょうがない」
TOKIは外出していた祖母の部屋に行き、タンスの上に佇んでいた貯金箱に歩み寄った。
「あとで、おばあちゃんには僕が謝ろう」
陶器製だった貯金箱を割り、中の小銭を床にブチ撒けた。
金属音を立てて拡散する無数の1円玉、5円玉。
10円、50円、100円の硬貨はほとんど皆無に等しかった。
消費税も無かった時代。
おそらく祖母は財布の中に鎮座して使う事もままならなかった分の硬貨を貯めていたのだろう。
だが幼少時のTOKIにそんな事は想像もおぼつかなかった。
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------第3回
「お菓子は大きい方が良いな。イッパイ食べれるから」
大きい袋のお菓子は80円。
ただ、拡散している硬貨を見れば見るほど10円玉の少なさに気が付く。
ほとんどが1円玉と5円玉。
それで80円分となると数えるだけで一手間かかる。
10円硬貨は後ろめたい気持ちを少しでも緩和する為、目線から外した。
1円が10枚で10円。
1円が5枚と5円が1枚で10円、と8個の硬貨の山を作るまでに5分以上は要した。
万が一、足らないと気まずいので何回も何回も数えなおして確認。
「よし、大丈夫!」
最早「泣いている」という言葉では括れないほど号泣している弟を必死になだめて、すぐ帰るから泣かないで待ってるんだよ、と言い残し、TOKIは家を出た。
幸いお菓子を販売している店は家から僅か10数メートルの所に所在している。
早速、店に入り品定めをするTOKI。
「う〜んと、じゃ、これ下さい!」
と無言で立っている店主に向かって大きい袋菓子を指差した。
店主が袋菓子を手に取って、空いた方の手で代金を受け取る仕草をした。
TOKIのパンパンに膨らんだポケットから何回も数えた80円を零さないように男に渡す。
すると
「なんだコレは!」
と眉間にシワを寄せ、語気を荒くする店主。
予期していなかった事態にTOKIは恐怖で氷結して言葉が返せなかった。
「ウチは「5円屋」じゃないんだよ!こんな金じゃ売れないよ!さっさと帰りなさい!」
と一喝し、TOKIの背中を突いて店の外に追い出した。
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------第4回
衝撃で零れ落ちる無数の1円と5円硬貨。
80円の品物を80円で買えないという理不尽且つ理解不能な事態と恐怖。
そして祖母のお金を無くしてはいけないという焦燥感で軽いパニック状態になりながらも地面のあちらこちらに拡散する硬貨を必死に拾い集めた。
路上で何回も「80円ある事」を確認し、家に向かった。
来る時には、あっという間に着いた僅か10数メートルの所にある家が何百メートルもあるように感じた。
家は戦前からの建物であった為、引き戸である玄関の扉の重みを一層感じながらも、TOKIの言葉を信じて待ちわびてた弟が飛びついてきた。
「あれ?お菓子は?」
「ゴメン、買えなかった」
「…お兄ちゃんの嘘つき!」
堰を切ったように大号泣する弟。
もう自分の力ではどうしようもない。
TOKIも弟を抱きしめて一緒に泣き叫んだ。
このエピソードを話してくれたTOKIは言う。
「あの時の事がトラウマになっちゃって、未だにクーポン券とか、割引券とか使えないんですよ。だって、こんなモノ使えないよ!とか言われそうでね(苦笑)」
これは筆者のうろ覚えの法律の見解で言えば店側に非は無い。
「迅速な流通の妨げになる」との事で過度な硬貨での支払いは商法上で禁止されている筈。
しかし、小学校に上がるか上がらないかの子供を掴まえて、こういう対応は人道的にどうかと思う。
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------第5回
TOKIの家は、あまり裕福とは言えない環境にあった。
家の壁は「砂壁」といった「ドン!」と叩けば砂が落ちるという程度の強度のもので作られており、そこここに穴があいており、冬は隙間風が入り、夏は虫が自由に出入りできる。
更に追い討ちをかけるように、雨漏りはする、床は抜けている、風呂も無い。
僅か4.5畳という狭い部屋で両親と兄弟4人が過ごし、祖母が6畳間という部屋割りで日々暮らしていた。
家の外では快活なTOKIも、気恥ずかしくて友達を家に呼んだりする事は出来なかったと述懐する。
その当時の父親は仕事が長続きせず、麻雀、競艇、パチンコとギャンブル尽くしだったが故に収入が不定期、母親は常に家計のやりくりに苦労していた。
徹夜の麻雀をして雀荘でそのまま寝ている父親をTOKIが仕事に間に合うように起こしに行った事は一度や二度ではない。
開帳賭博で大負けをして、母が子供達の将来の為に爪に灯を灯すように貯蓄していたヘソクリを無心していた事も一度や二度ではない。
だからと言ってTOKIは父親が嫌いという感情は無かった。
世の中の父親と言うものは「そういうもの」だと認識していたからだ。
世界中、どこの父親も「そういうものだ」と思っていた。
無条件に母が愛しかった。
いつも子供達の残した物で食事を済ませていた母。
子供服が買えなかったので、自分の服をばらしてTOKIに服を作ってくれた母。
流行のヒーロー玩具が買えなかったので、手作りでヒーロー玩具を作ってくれた母。
TOKIは母が大好きだった。
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------第6回
母の日、母親の誕生日には駄賃等で貯めたお金で必ず何かをプレゼントした。
常に母親の普段の言動に気を配り、母が気にしている物を、さり気なくリサーチしていた。
観葉植物、香水、化粧品、TOKIは自分の物の何かを買うより、母に何かをプレゼントした時の母の顔を見る方が何百倍も嬉しかった。
母が外食に連れて行ってくれる時には、その店で一番安い物をオーダーし、母親に負担がかからないようにもしていた。
「いつか母さんを僕が食事に連れて行きたい」
小学校高学年まで、ずっと温めていた計画。
TOKIは一日も早く実行に移したかった。
食べたいお菓子も我慢して、欲しかったプラモデルも我慢して、数ヶ月に渡って、ひたすらお金を貯めた。
そして実行できるくらいのお金が貯まった時、母に万感の思いを込めて歩み寄って話しかけた。
「ねぇ、お腹空かない?」
「何?どうしたの?」
「いいから!お腹空いてない?」
「う〜ん。そうねぇ、ちょっと空いたかも」
「じゃあさ!ちょっと僕について来て!」
「何?どこに行くの?」
「いいから、いいから!ホラ、早く!」
唐突な申し出に訝しむ母親を外に連れ出して、地元の商店街に向かった。
「なに?なに?ちょっと、一体どこに行くの?」
「いいから!いいから!」
歩みの遅い母の手を無理矢理引き、母に何回か連れられて来た事のあるレストランに母の背中を押し込んだ。
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------第7回
「今日はね、僕がお母さんにご馳走するから!」
「?!何?どうしたの?一体」
「いいから、いいから!何でも頼んでね」
調査は万全だった。
暇を見つけては何回もレストランに足を運び、路面に面しているショーウィンドーに列記されているメニューの全ての価格を把握し、記憶し、書き留めていた。
母親が何を頼んでも大丈夫!と万全の予算で臨んだ。
母も何か含んでいるようなTOKIの表情を見て素直に従った。
「じゃあ、コレを頼もうかしら」
「わかった!すいませ〜ん!」
とTOKIはウェイターを大声で呼んだ。
「ご注文はお決まりになったでしょうか?」
「あの、コレを一つ」
TOKIは母が指差したエビドリアをウェイターにオーダーした。
「あなたは何を食べるの?」
母はTOKIに問いかけた。
「ん?僕は要らないよ」
「そんな訳にはいかないでしょ?あなたも何か頼まないと」
…そうだった。
自分の分は忘れてた。
普通、こういった所に入ったら人数分の注文をしないと変だ、という事をTOKIはすっかり失念していた。
無論、自分の分の予算は持ち合わせていない。
「いいのよ。あなたも好きなものを頼みなさい」
顔から火が出るほど恥ずかしかった。
TOKIは自分の浅はかさと非力さに打ちひしがれた。
母に何かをご馳走したいという思いは、結局、母に負担をかけてしまう結果となった。
「早く、大人になりたい」
その夜、TOKIは枕を濡らしながら強く願った。
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------第8回
小学校を卒業し、中学校に入学する時期が迫ってきた。
学生服を着た自分を想像すると、少し気恥ずかしい気持ちと、大人に近付いたような気持ちが入り乱れて悶々とした日々を過ごしていた。
そして入学式。
視力が悪い事も手伝ってか、普段から目つきの悪いTOKIは入学式早々、同級生に喧嘩を吹っかけられて、殴り合いの大立ち回りをやってのけた。
喧嘩は一つ上の兄とも最近はしておらず、クラスメイトとはいえ、見ず知らずの人間を、いわゆる「暴力」と言える範疇で殴ったのは、この時が初めてだった。
自分から人を殴る事は無いが、ケンカを売られれば買う。
暴力というものを、そんなスタンスで捉えたまま中学校生活が幕を開けた。
多感な時期。
休憩中、教室で同級生の女子がアイドルグループの雑誌の切り抜きを持ち寄って談義に花を咲かせ、大抵の男子は髪型やファッションに気を取られている中、クラスの素行の悪い連中はバイクや地元の暴走族について熱く語り合っていた。
TOKIは、その全てに興味があまり持てず、適当に相槌を打って、その場を流していた。
物事に対して熱く語る事が、とても陳腐に感じ、同級生のそんな姿がTOKIの目には滑稽に映る。
「将来はこんな仕事に就きたい、こんな風になりたい」という事を考える事が特に嫌でたまらなかった。
医者、パイロット、レーサー、政治家、ミュージシャン、そんな花形の職業に自分が就ける訳が無い。
自分は下町の一般家庭の次男坊でしかない。
きっとそんな職業は幼少の頃から英才教育を受けられるような環境に生まれないとなれっこない。
そんな風に決め付けて、(将来はみんなサラリーマンにしかなれない。夢なんか見るだけ損ってもんだ)と、熱く夢を語る同級生に侮辱にも似た視線を投げかけていた。
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------第9回
そんなTOKIの態度を快く思わない連中がいた。
一触即発。
TOKIと彼らが騒動を起こすキッカケは些細な事だった。
「前々からな、生意気だと思ってたんだよ」
「あ?なんなんだ、テメェ!」
休み時間、クラスメイトが見つめる教室の中で、TOKIと相手が怒声を撒き散らす。
相手は、TOKIの事を快く思っていない連中の中でも、ひときわ身体が大きく、TOKIよりも一回り大きい。
互いが胸倉を掴み合い睨みあった。
罵倒を繰り返す中、不意に相手が殴りかかってきた。
その大きな体躯から繰り出されるパンチがTOKIの顔面を直撃。
TOKIは目の前が真っ暗になり、意識が飛んだ。
かつてない衝撃。
意識を取り戻すと、相手は既にその場から離れている。
相手を追いかけるTOKI。
見つめる!
詰め寄る!
が、しかし「テメェ!ブッ殺してやる!」と怒声を上げても拳が出ない。
相手側はTOKIを無視。
ナメられてる!
怒声のボリュームが上がる!が、拳が出ない。
この時、TOKIは恐怖で身体が縛られていた。
今まで、同級生との殴り合いの喧嘩は何度もあった。
ヒドい時は相手の手を押さえつけて金属製のフォークを突き刺して机に縫い付けたり、相手がどんなに謝っても、ひたすら顔面を蹴り続けた事もあった。
だが、今まで受けたパンチとはレベルが違う、意識が飛ぶほどのパンチ。
物凄い衝撃。
TOKIはたくさんのクラスメイトの視線の中、恐怖というものを身体に刷り込まれた。
TOKIは述懐する。
「あの時の悔しさは今でもたまに思い出しますね。でも今では、あの時の悔しさを知った事によって、暴力による悔しさがトラウマになっている人の心を知る事が出来たなって振り返られるんです。屈辱というトラウマから脱却する方法を今の私は知っている。故に今では感謝しているくらいです。何故なら、私がそれを知った事によって、多くの人の心が救えるからなんです。こういったトラウマは体験者でないと絶対に適切なアドバイスが出来ないですからね」
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------第10回
人生を達観したかのような冷めきった心。
日常茶飯事の暴力。
身の入らない学業。
中学時代のTOKIは「大人達が因数分解をして仕事をしている姿を見た事が無いし、化学の方程式が大人になってから必要になるとは思えない」など、中学校の勉強が自分の将来に必要とは全く考えられなかった。
東京大学に入る事を目標にしている訳でもなく、大手の会社に勤められる訳でもない。
「何をしても無駄」とばかりに、ただただ漠然と中学時代を過ごしていた。
2年生ともなれば、普通の家庭環境で育った子供ならば「受験」という人生の最初の難関に向かって動くクラスメイトも出始める。
そういうアクセクした同級生の動きにさえ侮辱の視線を投げかけるTOKI。
(どんな事をしたって、大した人間になれはしない)
TOKIは「みんながやっているから自分もやらなければ」という意識が無く、「一生懸命」という事に対して、とても希薄だった。
そんなTOKIも中学3年生になり、否応なしに受験という難関にぶつかる事となった。
(適当なトコでいいや。自分の学力よりちょっと低いとこに入って適当にやろう)
試験日が、どんどん迫って来ているのに、TOKIはあろう事か、既に私立高校に入学が決まっている連中と麻雀に明け暮れていた。
「お前、良いのかよ、勉強しなくて?」
「あぁ?んなモン適当にこなすから大丈夫だよ」
なんとTOKIは、そんな調子で受験日前日まで友人宅での麻雀に明け暮れていた。
(一生懸命?笑っちゃうね)
人を食ったような、その態度は数日後、一変する事となる。
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